今年の観劇を振り返って *秩序の崩壊を受け入れよ
今年の一年は既成と秩序の崩壊を受け入れざるを得ない年だった。
ウクライナ・ロシア間の争いは国際社会の介入によってすぐ(少なくとも年内-2022-には)集結すると多くが日和見していたが、年が明けても一向に収まる気配は無かった。一進一退の様子を伝えるテレビは、遠い国の秩序が崩壊してもなお、それを遠隔-テレ-で安全に鑑賞している我々の立場の「不甲斐なさ」「力無さ」をまざまざと突きつけた。グローバル社会は急速な情報発信・受信システムの発達によって地球上の人々を「良き隣人」にしてくれると思われた。しかしわずか2~3分のショート動画を通して億人に届けられる、画面の向こうの不条理な現実は、その実彼らは何よりも遠く、我々が手を差し伸べたとて掴むことの出来ない、ある意味とてつもなく厚い膜で閉ざされた「非接触的隣人」なのだということを思い出させる。
ネット上ではLGBTQに関する議論がより活発になり、性別二元論に還元されない性の揺らぎが「規制」と「自由」を含む、様々な文脈で語られた。これまでは、人間は男女いずれかの性別に割り振られるという既成概念である、性別二元論から議論が出発していたが、もはやそんな論法は通用しない。そんな「規制概念の崩壊」を受け入れる現代、法律にモラルが先立ち、人々は困惑のままに新しい秩序を迎え入れねばならない。なぜなら「差別」と「区別」が定義されぬままなのだから。(代理母の問題にもフューチャーされた。そして今年秋、劇団唐組が代理母をテーマにおいた『糸女郎』(作:唐十郎、演出:久保井研+唐十郎、2002年初演)を上演したことは、この問題の根深さを物語っている)
そんなジェンターセクシュアリティの大きな問題として、故・ジャニー喜多川氏による性加害問題が大きく取り沙汰された。メディアは大きな獲物に日々報道を加熱させたが、もちろん、当問題を暗黙のうちに知りつつ、黙秘と忖度を続けてきたメディアも批判の対象とされるべきだろう。日本の芸能業界において長年特権的にポジショニングしてきたジャニーズ事務所の崩壊は、まさしく、人工的に形作られた秩序が永遠に続くものでは無いことを示唆した。
宝塚歌劇団員の自死を取り巻く問題も同様だ。「伝統」の名のもとにこれまで秘匿されてきた「宝塚的秩序」もまた、この一件を機に是正される日が来るのだろうか。もちろん、ジャニーズも宝塚も誇るべきエンターテインメントであり、人々に喜びを与える素晴らしいグループであり、そこは否定されるべきでは無い。しかし相応しくない秩序の上に、エンターテインメントの旗を振りかざし、弱い立場に追いやられがちな演者たちを苦悩させることが如何程に正義か。また各所に存在する熱狂する集団「ファンダム」の在り方もまた、過剰な「推し活」の実態が浮き彫りになりつつある今、そのシステム自体の見直しが提言されるべきだろう(根深い問題ではあるが)。
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と「秩序」というキーワードを元に社会問題に首を突っ込んでみたが、まだまだ上手くやれそうにない。しかし趣旨は読み取っていただけたかと思う。
さて、今年の観劇体験もまたこの言葉を軸として振り返ることができる。その前に全体像をさらってみよう(このページは前後編の前編となる。後編は推敲を要したので年明けとなるだろう)。
今年の観劇本数は86本で、リピートを含めると101本だった。昨年に比して多忙であったこと、時間の融通がきかなかったことが観劇本数低迷の原因だが、無理はいけない。このくらいがちょうど良いのかもしれない。
個人的感想として、熱烈に「面白かった」と言える舞台が挙げられないことは、今年の大きな特徴だ。特に下半期は何を見ても普通か、それ以下の状態が続いた。しかしそんな中特筆すべきはNODA・MAP『兎、波を走る』(東京芸術劇場プレイハウス、作・演出:野田秀樹)だろうか。各劇評がこぞって絶賛していたので観劇前から期待値は高かったが、それ以上であった。言葉遊びのマジックと、飛び跳ねる身体、シームレスにシーンが繋がり、スケールは拡張を止めない。とりわけ、タイトルをアナグラムすることによって「別の真実」が浮かび上がってくるというトリックは鳥肌モノだった。野田の、純粋な遊び心に支えられた、社会に忘れられつつある事物・産物に対する鋭い切込みは健在だ。また東京芸術劇場にて『ヒトラーを画家にする話』(タカハ劇団、作演出:高羽彩)『アドルフに告ぐ』(スタジオライフ、作演出:倉田淳)とヒトラー回顧ものが続いたことは、偶然だろうが、繋がりのあるテーマだった(後者は手塚治虫の同名漫画が原作の舞台であるが、スタジオライフの名レパートリーである)。どちらもヒトラーそのものを「本当は何者であったのか」を捉え直そうという気概があった。前者はヒトラーが青年時代に政治家ではなく画家の道を歩んでいたら…という斬新な目線で、後者はヒトラーを分岐点として別れ別れの道を歩む2人のアドルフを描く歴史ロマンとして、それぞれ新しいナチス・ドイツの歴史評を作ろうとしていた。また関東大震災100年の節目ということで朝鮮人虐殺をテーマとした『忘れられた歴史を探して』(下北沢ザ・スズナリ、作:金義卿、演出:金守珍)や、凌雲閣の展望台にいたところ被災した二人が150年余りの時を経て宇宙と地球で惹かれ合う『ギャラクシー神楽』(吉祥寺シアター、作演出:新井総、4回で公演中止となり12月に『逆襲版ギャラクシー神楽』を新宿村LIVEにて上演)、また映画『福田村事件』が上映されるなど意欲作が続いた。
ミュージカルにも目を向けてみよう。2月は『バンズ・ヴィジット〜迷子の警察音楽隊〜』(シアタークリエ)が上演され、異色の内容に話題を呼んだ。風の音が聞こえてきそうな程静かな空間、小さな灯り、特に何か起こる訳でもない。エジプトとイスラエル、二つの(言葉の通じない)国家が「音楽」を挟んで、心と心で繋がっていく独特の温かさは、劇場で体感しないと分からない。『ムーラン・ルージュ』(帝国劇場)は豪華絢爛なセットが話題となった。随分金のかかった舞台であったが、内容はシンプルなメロドラマであり、パフォーマンスの奇抜さとアンバランスでもあったが、その不思議なバランスが「ムーラン・ルージュ」の持つ猥雑な美しさなのだろう。ドーヴ・アチアとタッグを組んだ完全新作『LUPIN〜カリオストロ伯爵夫人の秘密〜』(帝国劇場)もまた見どころの多い傑作であった。同じくドーヴ・アチア作『キング・アーサー』(新国立劇場)は私のお気に入りの作である(年明け早々4回もおかわりしてしまった)。内容は足りないところがあるが、叙情的なフレンチロックと、アーサー王伝説の持つ余白の広さがマッチした。キャッチーなフレーズの数々と、どこか癖になるコレオグラフィーは何回も観たい、現地で浴びたいという欲を掻き出す。アーサー役の浦井健治も名演であった(5月に日本青年館ホールで上演された『アルジャーノンに花束を』における演技も素晴らしかった)
個人的には8月、新宿FACEにて上演された『ALTER BOYS』(作:ケビン・デル・アギラ、作詞作曲:ゲイリー・アドラー &
マイケル・パトリック・ウォーカー、演出:玉野和紀)がアツかった。オフブロードウェイの人気作で、世界各国で上演、日本でも度々再演され確固たる人気を築いている。内容は、クリスチャン・ボーイズバンドの「ALTER BOYS(通称:ALTERたち)」が魂の浄化コンサートと称し、世界中のライブ会場を回っているというもの。キリスト教の教えを説くメロディアス&ロックなミュージックにのせて、隣人同士の友愛や大切なものの存在に光を当てていく。日本版はGold(ベテラン)、Spark(中堅)、Sapphire(ルーキー)の3チームが日替わりで公演を行う。旬の俳優が豪華に集い、ダンスに歌にアクロバットにアドリブに、てんこ盛りの内容を演じてくれるとだけあって、ほぼ女性客で埋められた会場の熱気も凄まじい。今回は公演を目前にして、team Goldに出演予定の俳優が降板するというスキャンダルに見舞われたが、それを立派にリカバリーした若手ミュージカル俳優・若松渓太には賛辞を送りたい。3チームの中でも、私が特に注目したのはteam Sparkだ。本作の過去公演に出演経験のある手馴れたキャストの中に、完全新参者の鍵本輝(Lead)が初々しくも新しいリーダー・マシューを演じた。これまでのマシューは東山義久や大山真志など、がっしりとした体型の頼りがいある俳優がイメージされてきた。鍵本は華奢でしなやかな体躯と、どこか頼りなさげな佇まいを持つ異色のマシューだったが、その姿はキャラクターの心優しさと温かさを素直に浮かび上がらせた。また、キャリアに裏打ちされた歌唱力とダンスパフォーマンス、魅力的なルックスが観客の心を捉えたことは言うまでもない。ルーキー組であるteam Sapphireも大健闘であったが、と同時にどこまでも役者の力量に成否がかけられるブロードウェイミュージカルの凄まじさを思い知らされたのであった。
さて、劇場そのものに動きがあったのは4月、新宿・歌舞伎町に「東急歌舞伎町タワー」が建設され、その6階に位置する「THEATER MIRANO-Za」が『舞台 エヴァンゲリオン ビヨンド』(原案など:シェルカウイ)で杮落としされた事だろう。歌舞伎町タワーはオープンして早々、2階に設置された共用トイレを巡る問題で大揉めし、散々な日の目であった。「新宿ミラノ座」の名を引き継ぎ、新宿を文化の街とする名目の元建てられた東急グループの劇場である。『エヴァ〜』の客入りは微妙だったようだし、続く『パラサイト』(脚本演出:鄭義信)は途中で公演中止になってしまった。劇場に関する悲喜こもごもがSNSですぐに発信されていく過程は、全ての行為や事象が期間を置かず、瞬時に情報化されていく様であった。続けて『少女都市からの呼び声』(作:唐十郎、演出:金守珍)『天號星』(作:中島かずき、演出:いのうえひでのり)『LIVE STAGE ぼっち・ざ・ろっく!』(脚本演出:山崎彬)が上演された。アングラから2.5次元まで幅広く対応出来るマルチエンターテイメントの劇場として示したかったのだろう。これからも注目だ。
また個人的な思い入れのある、新宿スターフィールド(元タイニィ・アリス)のオーナーである早坂氏が亡くなられた。優しく温情ある方で、逝去の知らせには多くのスタフィ愛好家が驚き、悲しんだことだろう。現時点で再開の目処は立っていない。新宿2丁目、夜になるとゲイバーの客寄せが街を闊歩する。怪しげな雰囲気の中で、誘蛾灯のように観客を寄せ集めたスターフィールド。タイニィ・アリスから見事転身してみせたように、今後もまた復活されることを期待している。
『キング・アーサー』写真撮影可能時間のものを添えて
来年も良い舞台に出会えますように